マルシェ


 「やあ、おにいちゃん、買ってって。なんでもいいから!あら、そこのおとうさん!スイカはいかが?」

農家の直営店を「後でまた来るから、そん時ね。」と笑顔ですり抜けながらマルシェの奥へと進む。今度は中国人商人が、

「オニサン、ミルタケミッテッテヨ、メズラシイモノヨ!」

と怪しげな彫刻を進めるのを「後でね、後で。」とすり抜ける。

 マルシェを奥へ奥へと進むと目的のカフェがある。インド帰りの美丈夫で六十を迎えたであろう歳には相応しくない逞しい体と美しい肌をした店主と

「やあ、お久しぶり。相変わらず写真ですか?それは結構結構。私は隠居しましてね。カフェは妻にやってもらってるんですよ。私はこうして座っているだけ。いや、違うな。座って口を出すだけだから、口うるさい隠居になったんですよ。

 そうそう、あそこの魚屋さんは来なくなりましたよ。宝くじで一億円が当たったらしくて、それで身の丈に合わない大金を身につけたせいでしょうね、糖尿病を悪化させてしまったみたいですよ。」

などと冗談を交わすのを習慣にしている。

 さて、そんなマルシェで見た事のないお店が出ていた。若い男性二人がフライパンでうどんをソースで炒めて、それをパックにせっせと詰めている。それを会計係の若い男性と女性が売るという仕組みのようである。

 カフェの店主に聞くと、近くの工科大学の学生さん達のお店のようで学費の足しにという事でお店をやっているそうである。なるほど、みれば男性も女性も驚くほど若い。「学費の足しに」などと聞くと買ってあげたくなるのが人情というもので、「昼食はこれにするか」などと思って眺めていると、奇妙なことに気がついた。


 学生は二列のフォーメーションで後列の二人に一つづつのガスレンジで料理を作り、それを次々とパック詰めする。その様は自動車工場でラインから次々と繰り出される自動車のボディーにドアを取り付けるようで、バウハウス的な反復する美すら感じさせるものであった。

 前列の二人はそれを袋に入れたり会計をしていて、こちらも笑顔でありながら、その袋に入れる様は舞うようであり、会計をする様はピアノの演奏をするかのごとくでモダンダンスの面影を感じるものであった。

そして、先ほどは気がつかなかったが、さらに二人が前後のヘルプをしていて、手が足りないところにはすぐさま現れては作業を助けていく。無駄のないチームワーク、実に良い動きである。あれならさぞ沢山の料理を、大量のお客を相手に出来るだろう、学生さんはきっと優秀な人たちなのだろう。

 手際よく料理を作り、次々とパックに詰めていく。実に手際が良い。そう、手際が良すぎるのである。そのお店で料理を買う人はまばらで、売れるスピードに対して在庫の溜まるスピードが明らかに早すぎる。今、私が彼らから買うとしたら、あの薄高く積まれた冷めた料理を買うことになるのは明白である。

 

 「そうだよ、ウチはお客さんが来てから魚を捌くんだよ。そりゃ捌きたてが美味しいに決まってるし、お客さんもその方が嬉しいでしょ?」

魚屋さんと交わした言葉を思い出しながら、テキパキと料理を袋詰めにする彼らを背にカフェを後にした。