コンサートマスターとサミングアップ、そして拍手。

1,コンサートマスター

男「今から芸術的なモモ肉を切り分けますからね。脂肪がなくて味の強い、肉の中で最上の部位ですよ。」

この言葉とともに劇が開幕した。舞台にはランプ肉の塊が載せられ、男がランプから筋を切り落としで食べれる部分、筋だけの硬い部分、脂肪と選り分けながら引いていく。


店内には穏やかなクラシックが流れ、男はその音楽を指揮するかのように包丁を肉に滑らせる。肉を切っているというよりも、舞っているような優雅な所作で、その口調も動きと同じく極めて優雅だ。目を瞑れば、ここがサントリーホールで彼がオペラを指揮しているようであり、実際に作業台の上で行われている作業は歌劇である。その歌の内容を記そう。

男「韓国式焼肉が肉の食文化をダメにしましたね。アレはタレで不味い肉を食わせる方法ですからね。どこで食べてもタレの味しかしないんだから食べるに値しません。それと違ってすき焼きは肉が不味いとすき焼きも不味い。肉の味を楽しむ料理法な訳ですよ。あんな韓国式焼肉なんかで右往左往してあそこが美味いだの不味いだの振り回されて、全く愚かしい事です。

それもこれもマスコミが悪い。嘘ばっかり書き連ねて、あれが諸悪の根源ですよ。政治だって同じですよ、安部総理大臣が目先の株価を上げてね。あれがタレです。本当に良い政治ならあのようなタレなど不要です。」

そして、牛肉でいうとチャックリブだろうか?脂と赤身の混合が美しい塊を出し、それを薄切りにして私に手渡してくれた。

男「はいどうぞ、これは売り物ではないんだけど、特別に。」

男が差し出した生肉を口に入れる。思わず美味い、とつぶやく。肉、つまりは血の味が強く、それがまた美味い。そして、後から脂が口の中で溶け出す。生肉が好きな人には堪えられない逸品である。とにかく美味い。これでメドックの赤があれば人生は完成だな、などと思っていると、新しいお客が入ってきた。が、男は

「あ、すいません。今日はもうおしまいです」と無下にお客を追い返してしまう。肉を口の中で転がしながら、え!?私はここにいて良いの?と思うが、男は御構い無しである。そして今度は脂の塊を取り出して、

「これも特別。食べてみて。世間では、これを『たてがみ』と言うそうだけど、馬鹿を言ってはいけません。毛を食べる人なんていません。これは正しくはネックロックと言うのですよ。」

と、今度は脂の塊を薄切りにして手渡しくれる。冷たい脂が口の中の体温でゆっくりと溶け出す。陸上生物の脂は人間の体温では溶けないので、口に入れても蝋のような舌触りで味がせず不味いなどと言われているが、そんな事は全くない。この世で最も美味しいバターとでも言えば良いのだろうか?ゆっくりと実にゆっくりと口の中でとろける。そのゆっくりとした時間を味わえる人だけの愉悦。ああ、人生はこの瞬間のためにあったのだな、思わずため息をつく、はぁー。

男は私の顔を満足げに見ると、

「じゃあ、これとこれはおまけね。」

と、注文と同じくらいの、いやそれよりも多い量のチャックリブ(?)とネックロックを包んでくれた。



2,サミングアップ

中島誠之助みたいだ。それがこの男から感じた印象だった。

弔いごとの席で「今日はよろしくお願いします」と言う顔からして全く悟っていない。が、だからこそ彼のお経はスリリングであり、面白い。まるで針の飛んだレコード、エミネムだってこんなアレンジはしないだろうというプログレッシブなタイミングで息継ぎをするお経。故人を懐かしむ悲しみのあまり流れた涙も、彼の個性的なお経を聞けば自然と乾く。そんな実に、実に!にユーモラスなお経である。

涙は乾いた。が、笑うのを堪える、という不思議な我慢大会になりつつある中、和尚は急に前のめりになってお経に詰まった。私たちオーディエンスは「お経を忘れたのか?」と好意的に捉えたが、和尚は益々前のめりになり、私たちは「心臓発作か!?和尚が、ここで!」と助けに行こうかと思った瞬間、和尚がへくしょん!と間抜けなくしゃみを一つ。

読経の後の法話は良い話だったが、何を言ってもくしゃみ和尚の言うことだからなあ、と面白半分であった。

その後、料亭の仕出しの松花堂を食べながら和尚が、

和尚「いやあ、近頃は中国製が多くておちおちスーパーで買い物も出来ませんな。弁当の素材が中国製だったりして、とても食べる気がしませんわ。全く油断も隙もありませんな。わっはっは。」

と言いながらモリモリと、その中で一番若い私が面食らうほど量の多い松花堂を平らげて、親指を立てて帰って行った。




3,拍手

機械でササッっと、儀礼的にやるものかと思っていた。しかし実際は違っていて、日に焼けた浅黒い顔を金太郎のような逞しい身体に乗せた男がそれを専門やっているのだった。真心をこめて。

「いらっしゃい、お待ちしてましたよ。

 いえいえ、いいんですよ。事務所は弟の方に任せてきましたし、今日はあまり忙しくないですから。私たちが忙しいというのは余り縁起が良くないような気もしますがね。」

そういうと男は墓石を次々とどけていく。そしてコテのようなものを二本、大きな身体に似合わず器用に使い石を少しづつ動かす。

「良いですか?墓石は少しでもテンションが片方に寄るとすぐ割れちゃうんですよ。素人さんが動かそうとしても必ず壊れます。こうやって少しづつ少しづつ動かすんですよ。そうすると、ほら出てきた。これが仏さんを収めるところですよ。あ、この手口は私の親父だな。見れば大体誰が墓石を設置させて頂いたか分かるもんですよ。これは親父の手口ですな。ほら、ここの石の置き方に特徴があるでしょう?

それで、骨壷を入れてもらうんですが、蓋を開けて親指を入れて入れてください。そうすると滑らずに入りますから。入ったところで蓋をして埋葬証明書を入れてください。

はい、ご苦労様でした。長生きだったね、偉かったねえ。」

男のとても良く通る声は、私ではなく墓の下の仏に向かっているのだった。

墓石をどけた時と逆の手順で、コテを使って少しづつ丁寧に石を戻していき、最後に墓石が傷つかないように包んでいた毛布を片付けたところで思わず拍手をした。実に素晴らしい所作だったと、素直に感動したから。